「ヒップポケットハンター」
               今市幸太(ナイフ・釣り暦、30年)

過日、友人のHさんと、芦ノ湖へワカサギ釣りに出掛けた。ところが、バカ陽気のせいか、極端に浅いところがポイントになっている。ワカサギは見えるが、見える魚は釣れないの例えのように、ほとんど針掛かりしない。午前中やって、やっと25匹の超極貧果だった。これが、100匹単位で数える、ワカサギ釣りのことだから驚く。それも、かつて「湖上の岩石」と言われた、私が、である。
もう10年以前のことだが、Hさんがトローリングをしているときに、ワカサギを終日釣って大漁を経験している。トローリングの船上から見る私は、まるで不動の岩のようだったという。「湖上の岩石」の呼称には、その日の釣果に対する尊敬の念も含まれていた。
自称名人の私は、ワカサギ餌のムーチング釣りで、鱒ねらいに切り替えた。 鱒は好調に釣れ、夕刻までに50センチのブラウントラウト2匹、30センチ強の虹鱒が7匹も釣れた。陸に上がると、最初の仕事は獲物の処理になる。
私は、相田さんの「ヒップポケットハンター」を愛用している。本来はキコリが使うものらしいが、超優れモノで、釣りは勿論のこと旅にも欠かせない。
私は、このナイフを、キャンプサイトのあらゆる場面で使ってきた。渓流釣りの折りに「熊出没注意」の看板を見て思わず握り締めたり、海釣りの船上で(ステライト仕様のもので錆びない)釣った魚を刺し身におろしたのも、青森の駅前市場で買ったリンゴの皮を剥いたのも、すべてこのナイフである。
魚の処理をしていたら、1匹の虹鱒の腹から、タールのような、ペースト状のものが出てきた。
今の芦ノ湖では使用禁止になったが、ビニール製擬似餌の、成れの果てだ。よく見ると、虹鱒はひどく痩せこけている。胃袋の中を、ビニールに支配されたら、太れる訳などないだろう。申し訳ないと思ったが、虹鱒をゴミ袋にすてた(ワームを食べた魚は臭くて食べられないとか)。
帰宅後、ビールを痛飲。ヒップポケットハンターで、ソーセージを切って頬張る。疲れた身体に、アルコールが染みて心地よい。やがて、泥のように沈んでいくとき「ワームを食べた魚をキャッチ・アンド・リリースしても、自然保護になるわけはないだろうが!」の声が、聞こえた気がした。